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サムライ一家の 〜そしてボクラは家を建てるのだ〜 /モクジのページへ

第2話:まずは家を立てる地べたを探さねばならなかった。


今年の夏はとんでもなく冷夏だった。

「お〜涼しいなぁ!日本ってこんなに涼しかったっけぇ〜」なんて言いながら、5月から夏が到来し、暑い時には100Fを超えるテキサスから帰国した我が一家は、荷物を整理もほどほどに、早速家探しを始めようとしたのであった。

家って・・・どうやって見つけるんだ・・・?

妻の希望は実は色々あったのだが(これはゆくゆく判明していくのだが・・・)、僕の希望はただひとつ

大きな庭に青々とした芝生&椅子とテーブルの置けるウッドデッキであった。

こんな感じの家に住みたいなあ・・・なんて思いも具体的にはほとんど無かったし、住みたい場所も特に無かった。
僕にとってはぶっちゃけた話、横浜(実家です・・・クリック!)から埼玉まで引っ越してきた時点で、あとはどこに行っても大きな問題ではなかったのである。

もっとぶっちゃけた話、テキサスに住んでも良かったのだ(但し、テキサスに住むと、汐留の会社まで片道15時間くらいかかってしまうので、実際問題ちょっぴり辛いが)
そうは言っても、たぶん妻の実家にある程度近い、埼玉県内だろうなぁ・・・くらいしか思っていなかった(但し、僕が埼玉県の地形と“どこにどんな場所”があるか・・・を正確に知っている由も無かったが)

で・・・、家って・・・どうやって見つけるのよ・・・?

最近、家を買った後輩に聞いてみた。
「新聞の折込広告でいいのをみたら、直ぐに見に行ってみるんですよ。最近はいっぱい載ってますよ〜。」

・・・・・・・・・我が家は新聞をとっていなかった・・・・・・・。

ただ、その友人から家の購入にまつわる基本的なことは聞くことが出来た。

家を買うには大きく分けて次の方法があるらしかった。
●建売の住宅を買う
●建築条件付きの土地を買って、3ヶ月以内にその土地で指定されたハウスメーカー(たまに地元の工務店)と契約し、家を建てる。
●不動産屋から土地だけを買って、自分(もしくは建築家に頼む)で設計をし、地元の工務店で立てる。
●中古住宅を不動産屋から購入する。
●築20〜30年の古い中古住宅を(ほぼ土地の値段のみで)購入し、古い家屋を解体した後、自分(もしくは建築家に頼む)で設計をし、地元の工務店で立てる。

また、住宅を買うには当然ローンを組まなくてはならないのだが、実際のお金は土地は契約したら直ぐに、家は建築している期間(着工から完成まで)を4回程度に分けてそれぞれ25%づつを現金で支払わなくてわならないらしい。
ところが、住宅金融公庫等のローンは現金を貸してくれるのは、建物が建った後・・・との事。

「え??じゃあ、一旦自分で全額払わなきゃならないの?そんなことできるわけ無いじゃん!?頭金って全支払額の20%でいいんじゃなかったけ?」

「だからつなぎ融資ってのがあるんですよ。若干その期間の金利が高かったり、保証料が必要だったりするんですけどね〜。でもいずれにしても土地を買って家を建てる場合、土地を契約してから家が立つまでの10ヶ月くらいは、土地のローンやその固定資産税と今住んでるマンションの家賃の二重払い生活が続くんですよ〜。」

マジか・・・。しかも面倒くさい・・・。カボチャを買うのとは比較にならないくらいメンドクサイ。そうかあ・・・だから建売の需要ってのもあんなにあるんだなあ・・・。

「しかも登記料や水道などの公共設備の引き込み料なんかの諸経費や、外構(エクステリア)の費用、引越しの費用やカーテンや照明、家具などの費用は入ってないから用意しておいたほうがいいですよ。
おおよそ350万くらい見ておけば・・・間違いないですかね?」

「350万・・・・!??」

「あ、ちなみに土地にはかかりませんが、建物には消費税もかかりますよ。2500万円の家を建てたら消費税は125万です。僕はこれを忘れてて予算オーバーしちゃって・・・慌てて親に借りましたもん♪」

本当に家建てれるのかなあ・・・?

不安になった僕は妻と夜、我が家の財政状況について何度も話合いを持った。

我が家の現在の貯金は、息子用にしている貯金や投資を除けば約500万円、それに株式や投資信託が約600万円であった。・・・しかも後者は日々の悪いニュースによってあっという間に目減りする性格のものである・・・

素人二人が知恵を出し合って、様々な将来のシミュレーションをしてみた。毎月の生活費、息子が文系の大学に行くと仮定した場合の貯金額、弟か妹が出来た場合の家計への影響、もしボーナスが出なくなった場合、もし会社が倒産した場合・・・。

そして・・・4000万円プラスマイナス500万円を購入の目安にしてみよう!
と一応は決めてみた。

探す場所はどこにするか?

先ほど書いたように、僕には住みたい場所の希望は特に無かった。「会社に近くなくていいの?」と妻は僕に聞いたが、僕はDoor to Doorで90分以内であればどこでも良かった。

極論すれば、 会社のある汐留(クリック!)から、通勤時間90分のエリアを地図上でプロットし、それを全て繋ぎあわせ、それよりも内側ならどこでも良かった。

これから先、会社に通うとしてもあと25年。しかも年の約33%は休みである。しかもその会社とて、倒産するかもしれない。僕が転職するかも知れない。場所が変わるかもしれない。東京一極集中の経済に変化が起こるかもしれない。通わなくても在宅でどうにかなる時代がくるかも知れない・・・。

この時代、家は下手すりゃ一生の住処である。そんな不安定な要素の中、会社のために場所を決めるなんて、僕にとってはバカゲテイル
会社に通う為ではなく、家族の一構成員としての僕のために、広い庭のある家が買いたい。息子が育っていく家が買いたい。

僕が持論を述べると妻がポツリと言った。

「出来たら・・・お母さんが通いやすい・・・私達の子供に会いやすい場所がいいなぁ・・・」
「そうだね〜。今住んでるここ(クリック!)に近ければ、作ってる最中も見学に行きやすいしね〜」

僕も特に異論は無かった。と、いうかそんなにエリアについては深く考えていなかったのである。まあ、今となっては不動産の常識にあまりにも無知だった・・・と言わざるを得ないのだが。

さて・・・どうするか・・・。

とりあえず、新聞の広告を見ねばばるまい・・・と、妻の実家に歩いていき、不動産の新聞折込広告を見に行った。

前にも書いたが、妻の実家は料理店をもう31年も経営している。
僕らは週に一回程度、“息子を連れて行く”という口実で、すっかりそこで通常のお客様に出すメニューをご馳走になっている。

「お義父さん、僕もとうとう、家でも探そうか・・・と思っているんですよ〜」
「おお!そうかあ!!」

お義父さんの目がキラリ!!と光った気がした。

一見コワモテ&パンチパーマ、実はとても男気があって優しく頼もしいお義父さんは、バブル時代には、この東武東上線一帯で不動産ビジネスを(サイドビジネスとして。特に競売物件などの事件モノに強かったらしい)扱っていたことがあるらしく、
もう既に手は引いてしまってはいるが、昔とったナントヤラでこの辺一帯では結構“その関係の”知り合いが多いのである(その頃の大儲けはほとんど高級車や世界の有名ブランドコレクションに変化したらしい)

「よし。俺もいろいろ情報当たっておいてやるよ!この辺の不動産屋に、得な情報は、流す前にこっちに持ってこい!って言っておいてやるよ♪」

一体どうやって“お得な”物件をあたればよいのか、皆目見当がついていなかった僕には、それは暗闇の中での一筋の光明であった。
英語で言うのなら
Let's just try it!Let's just try it.
Who cares what happens afterward? There's no sense thinking too much about that.
である。

しかも・・・である。
お義父さんのお義兄さんは住宅の工務店を経営しているらしい。

「お義父さん、家っていくら位で建つんですかね?」
「ピンキリだけどなあ・・・、大手のハウスメーカーはおおよそ500万くらい乗っけて売るからな。工務店に頼めば木造なら坪40万でもいい家建つよ。」
「・・・ってことは予算は・・・」
「もし2500万で土地を買ったら、まあ諸費用コミで4000万チョッと・・・って感じだろうな」

「土地ってのはそんな簡単に見つかるもんですか?」

「そんなのは売るほどあるよ〜。但し、いい土地ってのはなかなか無いな。まずは地盤、そして地型、さらに環境を見る目が必要だ。これがわからないやつが後で泣きを見るんだよ。何にも知らないやつほどそういう土地を掴まされるんだ。それだけは俺が見てやるよ〜。」
「あ・・・ありがとうございます」
「サムライ君はどちらかと言うとのんびりした広いところがいいんだろう?しかも安く手に入る・・・な。それなら俺にいい考えもある。キーワードは市街化調整区域の既存宅地だ。ムフフフフ〜♪」

とりあえず、僕らはお義父さんに大大大大期待だった。
但し、お義父さんに言ってしまったことによって、完全に“サイは投げられたな・・・”と思ったのも事実である。

もう後戻りは出来ない気がした。
こうして、僕らの家探し(希望としては、建築条件のついていない、しかも“お得感溢れる土地”に知り合いの工務店で家を安く・・・しかも良く建てる!)は本格的に始まったのであった。



とはいっても、お義父さん任せで何もしないのもなんだろう・・・と、我がファミリーは、とりあえず東武東上線の車内広告で見つけた、東武不動産の 「つきのわFRANCA」 (クリック!)を見に行ってみた。

 

僕が撮った上の写真でも、そしてこの公式ホームページのギャラリー(クリック!)でも判るように、約50〜60坪の敷地を平均で持つ、美しい分譲地だった。

ほとんどの家は東南に庭を持ち、しかも北側は家と家の間に大きな歩道を持つ。
しかも建売のそれぞれの家の価格は総じて3000万円台中〜後半!!

「東京からここまで離れるとこんなに広々した、区画の建売分譲地が買えるんだね〜」

そう・・・妻の言葉通り、ここは東武東上線の急行を使って、池袋まで70分程度。会社までは110分くらいかかるだろう。
しかも終電は池袋11時発。銀座でお酒を飲んだとしても10時20分PMにはお店からダッシュ!!であろう。
さらに小学校は今のところ、歩いて一時間弱・・・とのこと。

それも仕方ないのである。ここは、東武鉄道が、この住宅地のために駅を作った、新興も新興の住宅地なのである。
駅の周りは住宅地以外何もない・・・。ポツーンとローソンがあったが。

確かに、いくら通勤は二の次!といった僕ではあるが、ここには住めない。会社が池袋なら、ここは非常に迷うかもしれないが・・・。
夕焼けを浴びた夏の東上線のぼり電車に乗りながら、僕らは「つきのわFRANCA」の感想を思うままに言い合ったのであった。

確かに、少々遠すぎて・・・しかも何にも無さ過ぎて・・・検討・・・とかいうところからは大きく外れてしまう物件ではあった。

それでも、この豊かな区画と、大きな新規分譲宅地の美しさや、新たに住む者にとっての住みやすさ(周りの人みんながまだすんで間もないというコト)・・・と、いう概念は、ボクラの脳裏や深層心理の“どこか”に、理想の住まいとしてプリンティングされたのかもしれない。

・・・と、でも言ってまとめておかないと、最終的なボクラの結論(第4話くらいになるのかな?)と、今まで言ってきたことの矛盾が・・・ね。

とにかく、そんなこんなで僕らの家探しは本格的なスタートを切ったのであった。 つづく♪



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